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エピソード3
 あまりの反響の大きさにすっかり気も退けてしまい、誰に返事を書くでもなく放っておいたネットのアドに、初めて、ちょっと気になるメールが舞い込んだ。
1日置いてそれに返事を書いてみると、『彼』からは、その日の内に写真付きの返事が来た。


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 サンフランシスコの大学病院でERドクターをしているというその男、送って来た写真を見ると、『クリス』というスマートな名前の響きとは似合わずに、何だかおっきなメガネをかけた、とぼけた顔の男だった。

そして、これがまたなかなかの知能犯。

一応、アドには、年令は私と同じ『三十代』という希望を書いていたのだけど、それに対して『彼』が書いて来たことは、『三十九才、射手座』。‥ん?ちょっと待てよ。今がもう十二月の始めだから、『射手座』であれば、十一月末の生まれでない限り、今月中には四十の大台に乗るんじゃないか。 うーん、全くやられちゃったねって感じ。
ブロンド、青い目、186センチ。まあ、他では軽く私の理想をクリアーなので、 歳の部分はちょっとだけ目を瞑ってOKとする事にした。‥なんて。

それから『彼』とは、メールの交換が始まった。
毎日、何気ない言葉を交わしながら、お互いのバックグラウンドを話して行き、そしてついに、よりにもよって、年も終わりの大晦日の晩、初めて実際の対面をする事になった。‥と言っても、そんなデートなどといったロマンティックな物からは程遠く、単に『彼』のオフィスで、顔を合わせるというだけなのだけれど。

実は、これまで何度か、『一度ゆっくり食事でも』というお誘いは受けていた。しかし悲しいかな、ERドックという職業柄、せっかく予定をたててはみても、直前になると、いつも『待ってました』とばかりに急患が押し寄せて来てボツになる。‥といったことの繰り返し。それで結局、いつまで、こうしてだらだらと、出会いの風船を萎ませるよりは、いっそ、いきなりブラインドデートなどとは畏まらずに、まあ、とりあえずは一度だけでも、実際に顔を合わせる機会を持とうじゃないかという事になった。
大晦日には、お猿も正月ビジテーションで父親の所に行ってしまう。 

 

 『アポイント』の時間は、『彼』の仕事が一段落つく夕方遅く、もう、日もとっぷり暮れた後だった。言っては悪いが、一般人の私にとって、こんな時間の病院訪問、何だか『見えないはずの物』にばったり出会ってしまいそうな、おどろおどろしさがあったりする。全く、最初の顔合わせからこんなことになろうとは‥。ちょっと、先行不安なヤツである。

病院に着くと、予め、Eメールで受け取っていたディレクションのメモを頼りに、静まり返った裏通りにあるエントランスのドアを開けた。

そこにいた、ヒョロ長い黒人のガードマンに不振な目で見られながら、突き当たりのエレベーターに乗る。二階でエレベーターのドアが開くと、ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト,すぐ正面が受付のカウンターになっていた。

明かりも落とされ人気のないフロアーでは、非常口のサインだけが、ぼわーっと無気味に薄明るい光を放っている。

『いったい、こんな空っぽの空間のどこに、まだ働いてる人がいるのかしら?場所、間違がっちゃったかなあ‥。』

心細さが膨らんで来る。

その時、空っぽだった受付に、でっぷり太ったフィリピン人のナースが顔を出した。せかせか棚を掻き回しながらお目当てのファイルを手に取ると、後は、フロアーにぽつんと立つ私の姿などには目もくれず、急いでまた奥に引っ込もうとした。

「あのー‥。」

これを逃すと大変だ。すかさず彼女を捕まえて、『クリス』の居場所を聞いてみた。
もう、一般受付けもとっくに終わっているこんな時間に、患者でもない女性がこんなところにうろちょろと入り込んで来るなんて‥。彼女から向けられる不振な視線も、当然といえば当然だ。

「オーケー。ここでちょっと待っててね。」

ニコリともしない愛想のない声でそう言うと、彼女は、また忙しそうに奥へと引っ込んだ。

シーンと沈む空間の中、堅い椅子に腰掛ける。
まるで悪い夢でも見てるようだ。

 

 そうして座って待つことしばし、間もなく、奥からパタパタと忙し気なスリッパの音を響かせて、背の高い男が顔を出した。

「ハイ、お待たせ。こんな所まで来てもらうことになってしまって悪かったね。でも、やっと会えて嬉しいよ。」

にっこり笑って握手の手を差し出す『彼』の姿といえば、ヨレヨレの白衣に首から聴診器をぶら下げて、何ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, ドクターだか極めて平常心のご様子。
こちらは初めてのご対面に向けて、日頃し慣れないアイラインまでバッチリ、気合いを入れてやって来たのに‥。

あまりのその拍子抜けに、お陰で緊張も吹き飛んだ。

「さっき、また急患が運び込まれてね。今までちょっとバタついてたんだけど、丁度少し落ち着いたとこでよかったよ。ホント、こんなとこで申し訳ないなあ。こっち、奥に僕のオフィスがあるから、そこでコーヒーでもいれるよ。」

気さくな笑顔に、さっきまでの心細さが消えて行く。
初めて実際に顔を見た『クリス』は、そのぼろぼろのいでたちの割りにはハスキーな声で柔らかく話す、暖かい印象の男だった。

 

 さて、それからオフィスに腰をおろし、いざ話を始めようと口を開いた途端、机の上のブザーが鳴った。クリスが苦笑いでそれに答え、何やら指示を出して行く。それが片付き、『さあ、今からゆっくり話を始めよう』‥と思うと、今度はドアがノックされて、そこからナースが顔を出した。そして、忙しそうにカルテを差出しながらクリスに指示を仰ぎ始める。
普段、男の言い訳にしか聞こえない『忙しい』という言葉も、この男に限っては本当のようだ。

その後も、容赦の無い呼び出しはひっきりなしに続き、『ブー』とか『リーン』とか『ピピピ』とか、しょっちゅう、そこここから何かの音が、モグラ叩きのモグラのように、小さなオフィスに鳴り響いた。
その度に、『ちょっと待ってて‥。』っと、クリスはあたふた部屋を出たり入ったり‥。

『いったい私、この大晦日の晩に、こんな所で何やってんの?』

明るすぎる蛍光灯の下、一人でボーッと取り残されながら、思わずプッと吹き出した。

そうして忙しい『面会』の中、お互いの『自己紹介』を済ませると、その後は、話も早々に切り上げて、私はその場をお暇する事にした。

 

 タクシーが病院に到着すると、クリスは見送りに、一緒にエントランスまで降りて来てくれた。

「今日は会えてよかったよ。」

降りて行くエレベーターの中、『サンキュー』の握手を交す。

「実は、ネットのアドなんて見たのは初めてだったんだ。 夜勤で手があいた時、何となく眠け覚ましに覗いてみてね。見て行く内にブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, ロマンス, 握手, 手『シャパニーズ』っていう文字が目に入った。それで君に連絡をとってみようと思ったわけさ。
日本という国には、ずっと前から興味があったんだ。
これから色んな話が聞けたらうれしいよ。よろしく。」

穏やかに見下ろされる青い瞳を感じながら、大きな手にそっと触れる。
重ねた手のひらから、ほんわり優しさが滲みて来た。

 

 アパートメントの部屋に戻ると、しばらく窓辺に腰掛けて、ぼんやりと外に瞬く街の光を見つめていた。

‥と、ふいに遠くの方から新年を祝う花火の音が聞こえて来た。

一年の最終の時間。
産まれて初めて、たった一人で迎えた大晦日。
でも、なぜか淋しさを感じない。

今日はぐっすり眠れそうな気がする。

時計のハリが十二時をまわる。
少しづつ世界が広がり始める。

 


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[2012/03/21 13:40] | エピソード | トラックバック:(0) | コメント:(0) | page top↑
エピソード4
 ハローインに、サンクスギビング、クリスマス。
年の暮れにかけて浮き足立った街の風景にも、新年の幕開けと共に、また静かな時間が戻って来た。

アメリカでのお正月は、素っ気無いほど静かに過ぎて行く。
年明けのその日、人々は、別に特別な何かをするわけでもなく、ただひとつの祭日として家族と家でゆっくり過ごす。そして新年二日目から、街は平常業務に戻っていく。


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 私の新年といえは、年明け二日目に、カソリックチャリティーの事務所を訪れる事から始った。

現在お猿のデイケアは、シェルターの紹介で、カソリックチャリティーのフリーサービスを受けている。
このサービスというのは、サンフランシスコに住む、私のように事情を抱えた低収入のママたちが、自立して仕事が出来るようになるまで、子供にかかる費用を援助してあげましょうといったありがたいサービスだ。
システムに登録されたデイケアに子供を預けると、二年間に限り、その料金を、この組織が肩代わりして払ってくれる

アメリカでは、子供が小学校に入るようになると、それ程お金はかからない。公立の学校ならどこでも、授業料は幼稚園から無料である。
しかし、その前のデイケアやプレスクールに子供を預けるとなると、働くお母さんたちは、目が飛び出る程の料金を取られてしまう。

ちなみに今、お猿が通うデイケアの正規の料金は、一週間で160ドル。一月で計算すると、640ドル以上はかかってしまう。
これでもサンフランシスコの中で安い方だというのだから、驚く所であブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, 子供たちる。

また、この料金というのも、子供の年令によってまちまちだ。
まだ手のかかる乳飲み子となると、軽く1000ドルは取られてしまう。

働きに出ても、お給料の30%は税金に持って行かれるこのアメリカ。これではサンフランシスコのママサンたちは、ベビーのデイケア料金を稼ぐ為に働いているような物である。

しかし反面アメリカでは、こういった弱者のサポートに向けた社会の組織がとても充実している。やはりこれは、社会の中に、キリスト教のボランティア精神が深く浸透しているお陰だろうか。

何しろ大学受験の面接試験でも、ハイスクール時代にどんなボランティア活動をしたかなど、いちいち問われるお国柄だ。
私のように、突然、右も左も分からない遠い外国の街角に放り出され、仕事も無い、お金も無い、最低の生活知識にもまだまだ四苦八苦する素人ママでも、こういったカソリックチャリティーや、シェルターのアフターフォローが、何とかベビーと暮らして行ける生活に導いてくれた。これにはどんなに感謝しても、感謝しきれる物ではない。

まあ、この素晴らしいサービスも、もちろんただ胡座をかいて甘えていられるものではない。毎月それなりにビシバシと、細かいチェックは入って来る。
例えば一つの条件として、学校に行ったり仕事をしたり、『自立のために頑張ってます!』という証明を、月に一度、具体的にケースワーカーまで提出しなければいけなブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティストい。
今の私は、何をおいても、まずは英語の克服である。
シェルターに入ると同時にカレッジの、外国人向けの英語クラス、ESLのコースを受け出した。

今月は、その午前中のクラスにも登録する事が出来たので、また、何とかサービスの1月更新スタンプを頂いた。
こうして毎月期間が長くなるにつれ、生活チェックも厳しさを増して行く。最近では、少々、スリルとサスペンスの入る緊張の時間である。

 

 ああ、しかし、ここで一言言っておきたいのだけれど、こう書くと、はたしてこの生活チェックをするケースワーカーの人物像、まるで『マルサ』よろしく、厳格でギスギスした人物のように聞こえてしまうが、実際、私を担当している『ビーシー』は、どこにでもいる、とっても気さくなフィリピン人のおばさんだ。
月一回の面接では、このデイケアの問題に限らずに、日々の生活の中で起こる疑問や問題、一つ一つに親身になって細かいアドバイスをくれる。今の私にとってはまさに、『お婆ちゃんの知恵袋』的な存在だ。

まあ正直言って、時々は、そんな有り難すぎる細かな彼女の干渉に、子供の頃お隣にいた、少々辛口なおばさんの顔を思い出したりもしてしまうのだけれど‥。
結局、こんな『おばさま方』の習性は、どこの国でもそう変わることなく、暖かさと煩わしさの間を行ったり来たりしているのだろう。

うーん、なんと罰当たりな。

 

 今日も面接が終わると、ビーシーが、フリーのオムツの特大袋をドーンとお土産に付けてくれた。
しかし、ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, ケーブルカー, ケーブルカー乗り場, 観光, サンフランシスコ ダウンタウン, 坂井浩子, hiroko, hiroko sakai, Japanese artist in San Franciscoこのカソリックチャリティーの事務所といえば、ダウンタウンのど真ん中。
そこからアパートメントに帰るルートには、当然、お洒落なユニオンスクエアがあったりするわけで、観光客で賑わっているケーブルカーの乗り場の横も通っていったりするわけだ。

自分で言うのはなんだけど、私もすっかり逞しくなったものだと思う。今では、そんな洒落者達で賑わう『異空間』の中でさえも、テロテロのTシャツに大入りオムツの袋を抱え、平気のへの字で通り抜けて行けたりする。
それにはかえって、『このサンフランシスコで頑張ってるんだよーん!』なんて、開き直りの境地に満足だ。

とにかくいくら恰好をつけてみた所で、シングルマムの私にとって、このフリーのオムツを手に入れた『充実感』は、何にも変え難い幸せの一つだったりするのだから。

 

 マーケット・ストリートまで出てくると、いつもの黒人の二人組が、広い歩道でタップのパフォーマンスをやっていた。ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, ケーブルカー乗り場, 黒人, タップダンサー, タップダンス, マーケットストリート, パフォーマンス 一人が足もとに並べたバケツでドラムのリズムをとる横で、相棒のブラックが、そのまた、どっかの工事現場からでも拾って来たようなぼろぼろのベニア板の上で、弾けるようなタップを踏んでいる。

白い歯を大きくむき出して、ドラムが無邪気にニヤリと笑う。軽快に刻むラップのセリフがかっこいい。
そんなクールなサウンドに、道行く人たちは足をとめて、周りに輪を描きながら一緒にリズムを刻み出す。

サンフランシスコの一角で、まるで、ニューオリンズの街角にでも迷い込んでしまったような楽しい幻に酔いしれる。

 

 この街を流れる時間には、人々のパワーが溢れている。
『負けないように頑張らなくちゃ』という思いが、また明日を生きる勇気になってくる。

毎日何かしら新しいことが起こってくる。
そして一つ何かを乗り越える度、それが笑顔に変わっていく。

 


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[2012/03/23 12:26] | エピソード | トラックバック:(0) | コメント:(0) | page top↑
エピソード5
 年が明けて一週間。クリスと二回目のデートの約束をした。


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 あの、バタバタとした初顔合わせの夜以来、彼とは、今では殆ど毎日のようにして、電話やEメールで連絡を取り合うようになっている。
しかしまた、実際に会って話をするという事になると、基本的に、救急病棟、テレビドラマの『ER』の世界で生きる男‥。私のほうにも、ウイークデイの夜は小さなお猿が一緒にいて、また二人、外に出てゆっくり顔を合わせるといった時間の接点を見つけるのは、お互いそう簡単な物ではなかった。

そんな中、彼からのEメールで、お猿がフレッドの所に行く週末の夜に合せて、今度は二人、どこかゆっくりとした雰囲気で食事でもしないかというお誘いが入った。
即OKはしたものの、前回の初ミーティングがあれである。今回も、この男との『初デート』、一筋縄では行かないことを覚悟しておいたほうがよさそうだ。

 

 さて、いよいよ本番の当日。
時計の針が、あと十分でクリスのお迎えの時間を指そうとする頃、ちょっとした緊張を感じながら、口紅を塗り直し、鏡の中に映る自分の姿をもう一度隅からチェックした。そして、『さあ、これで用意はバッチリ!』と思った瞬間、‥ふいに電話のベルが鳴った。
今回もどうやら、運命の女神が私達に微笑んでくれることはなかったようである。
受話器の向こうからはすまなそうに話す、少し疲れたクリスの声が聞こえて来た。

「ごめん‥。実は今、バタバタ急患が入ってね。次のシフトのドクターだけじゃ回らなくて、僕も今、帰るわけには行かなくなったんだ。」ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, イエローカード, サッカー

全く、イエローカード二枚目のクリスである。

しかし、それでも少しの時間なら、様子を見て病院を抜け出す事が出来るという。 男とデートをするのに、そんな強行突破をするような思いで会おう事になろうとは、今まで、想像だにしなかった世界だ。
でも、この機会を逃したら、また次はいつになるのか分らない。
それに加えて、こんな風に、いつもバケツをひっくり返したような時間を走り回る姿には、何だか同情さえも感じて来る。

結局、その五分後には、自分のお人よし加減に呆れながら、ミュニの中にゆられていた。

 

 病院の前でミュニを降りると、また、日はとっぷりと暮れていた。
エントランスのドアを開けると、前とは違って、やけに愛想のいい黒人のガードマンが、ローリーポップをくわえた口で、『ハイ!』とにこやかに挨拶をくれた。

その思い掛けない笑顔に励まされながら、また、夜の病院のエレベーターを上がって行く。
相変わらず無気味に静まりかえるロビーに着くと、今度はバックから携帯電話を取り出して、予め貰っておいたクリスのポケベルのナンバーをうった。
『1』の番号を入れると、私が到着した合図。前回のように、へらへら私用で来ている私などが、夜間の救急患者でばたつくナースたちの手を煩わすのにはどうにも気が退けた。

 

 それからロビーで待つこと五分。

『チン!』

シーンと沈んだホール中に、大きなベルの音が響いた。思わず椅子から飛び上がり、ゾワゾワと鳥肌が蠢きたった腕を押さえながら、その無遠慮な音に目を向ける。そこには、開いたエレベーターの扉の中から降りて来る、またヨレヨレの白衣に身を包んだクリスの姿が見えた。

何だか先日にも増して、その『ぼろさ加減』には磨きがかかり、もう、殆ど擦り切れちゃってる感じだ。

しかし、こっちを向いてその顔をあげた瞬間、疲れた顔にニッコリと笑顔が浮かんだ。大晦日の夜、別れ際に触れた手の温もりが胸の中に蘇る。吸い込まれるような青い瞳に、心臓が駆け足を始め、甘酸っぱい緊張で耳の先が熱くなる。
そうして、目の前に立ったクリスと『感動のハグ!』‥と思った矢先、

「ちょっと、さっき亡くなった患者さんがいてね。今、事後処理してるとこなんだけど、今のとこ、僕の仕事は終わって休憩だから。あと何時間かは大丈夫。」

「‥‥‥!?」

ロマンティックに盛り上がった気分も、敢え無くぺちゃんと空気が抜けた。
彼はと言えば、極めて平常心の澄ました顔で、腰にぶら下げたポケベルなぞを確認しながら、

「じゃ、行こうか。」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はあ。」

一瞬脳ミソに、ブリザードが吹き荒れた。

人の死に目という、普通の人なら、到底平常心など保ってはいられないこの状況も、彼にとっては、全く日常の一幕にしか過ぎないようだ。
しかしまあ、それも彼の職業を考えると、分らぬ気はしないでもないのだけれど。

私の中で吹き荒れる複雑な思いなど他所にして、当の本人の頭の中は、すっかり『お食事モード』に切り替わってるご様子。ごついガタイのガードマンとにこやかな挨拶なぞ交しながら、さっさともう、エントランスのドアを出て行こうとしている。

うーん‥。またのっけから付いて行くのに一抹の不安が過りまくる男である。

 

 さて、そうこうしながらドアを出て、病院の裏手まで廻って来ると、そこからはずっと長い長い下り坂が続いていた。

クリスの病院は、サンフランシスコ州立大学、UCSFの小高い丘の上にあり、ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, ヘイトストリート, ショーウインドウ ディスプレイ,ブティック そこから何ブロックか下りて来ると、シックスティーズのヒッピーで有名なヘイトストリートに入って行く。

その通りには、昔からそこにあった独特の時間の流れを今に刻み続けるように、自己主張の強いサイケデリックな原色の壁絵や、それに負けないユニークな店のサインたちが、ごちゃ混ぜになって並んでいる。
セクシーな網タイツに真っ赤なハイヒールを履いた巨大な足が、いったい何を売ってるのかさっぱり分らない店の頭から、ニュッとその足を組み飛び出している。
何件か先の店の入り口では、何やら怪し気な大きな目がギョロリと、道を行く若者たちを睨んでいる。

とにかく、目に入る物全てがこんな調子で、奇抜な格好の若者たちでごったがえすストリートを行きながら、思わずキョロキョロ目が飛んだ。

「大丈夫?迷子になっちゃダメだよ。」

つかず離れず、半歩前を歩いて行くクリスが、時々後ろを振り返っては優しく笑う。その穏やかな瞳に、ほんの少しのバツの悪さと不思議な懐かしさを感じた。

 

 ヘイトストリートを横に折れて、更にそこから何ブロックか入ると、今度はお洒落なレストランやカフェが並ぶ、雰囲気の落ち着いた通りに出た。
軒を連ねる陽気な明りが、もうすっかり日も落ちた風景を優しい色に染めている。
あたり一面に漂う美味しい匂いと、食事を楽しむ人々のざわめきに、胃の底がキュッと摘ままれた。

「さあ、着いた。ここでいい?」

今日、クリスが案内してくれたのは、こじんまりしたアーリーアメリカンスタイルのレストランだった。
表まで賑やかにはみ出したテーブルでは、溢れかえるサンフランシスカンたちが、美味しいお皿を摘みながら自家製のビールを楽しんでいる。
そんな華やかな雰囲気に、少々場違いな圧倒感を感じて入り口で足を止めた私の為に、クリスが重たい木のドアを開けてくれた。

「サンキュー‥。」

恐る恐る、その背高ノッポのドアの中に足を踏み入れてみると、これまたホール中が、肌の色から髪、目の色まで、何ともカラフルな人たちで埋まってブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, バー, レストラン, グルメ, ナイトライフ, バーカウンターいた。

白人、黒人、ヒスパニック、アジアン、その他諸々‥。
『人種のサラダボール』サンフランシスコにすっぽりとはまり込んだ自分を実感する。

そんな灌漑に浸っている暇もなく、入り口に立った私達を、ヒスパニックのウエイターがテーブルまで案内してくれた。

人ごみを掻き分けながら、昔、トム・クルーズがボトルを回していたようなバーカウンターの前を通り抜け、その奥にたった一つだけ空いていた丸テーブルの前まで来ると、ウエイターは、手に持っていたメニューをその上に置いた。

 

 席に付くと、クリスと私の間にはしばしぎこちない空気が漂った。
そもそも、この丸テーブルというのがどうにも落ち着かない。
角があるテーブルと違って、この丸い、相手との境界線がよく見えないオープンさが、初めてのデートに余計な緊張感を膨らませる。
それに今、改めてこうしてクリスの姿を前にすると、その明るい髪と青い瞳に、やけに自分との違いを感じて来る。おまけに肝心の『英会話』も、緊張で強ばる頭の中では、どうにか教科書にあったセンテンスを辿りながら繋いでるような状態で、どうにも腰の落ち着く場所が無い。

しかし、最初のほうこそ『借りてきたネコ』よろしく不器用なスタートを切った二人の会話も、周りの雰囲気に慣れるにつれて、サイクルが噛み合うようになって来た。そうしてテーブルに料理が運ばれて来る頃には、もう、お互いにもすっかり慣れて、前回の初ミーティングとはうって変わった笑いっぱなしの時間が、小さな丸テーブルの上に流れ始めた。

「僕はね、日本のお寺に入って、坊主の修行をするのが人生最大の夢なんだ。」

チリ・コンカーンとシーザーサラダをごちゃ混ぜにしたような不思議な料理をつつきながら、クリスが突然真面目な顔で、熱っぽく語り出す。
本気なのか冗談なのか、そのわざとらしく作った真剣な瞳につい吹き出し、ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, デート, ロマンス, ワイン, グルメ, キャンドル, シャルドネ, 外国人とロマンス ブロンドを丸めた形のよい頭で一休さんをする、変な『外人』の姿を想像する。

また笑いが止まらない。

それから話は尽きることなく、アメリカ人の宗教観から『シンプソン一家』の謎に至るまで飛びまくり、全く、超高速で、世界一周旅行に飛び回るような時間が行き過ぎた。

とぼけた言葉を連発しながら、時折ふっと、クリスが、その冗談でかけてるようなでっかい眼鏡を外して目頭を押さえる。これは反則である。光の具合で色が変わる深い瞳をふせながら、『床屋に行く時間も無い』とでも言ってるような伸び放題のブロンドを面倒臭げに掻き揚げる横顔に、思わず心臓がドキリとする。

 

 オーダーし過ぎた山のような料理もいつの間にかきれいに平らげて、笑い疲れてレストランのドアを出る頃には、通りはもう、すっかり夜の帳がおりていた。

薄暗い通りに出ると、クリスがふっと私の手をとった。
かじかんだ指先が、柔らかな温もりに包まれる。

そこからは、まるで初めてデートをする学生のように、病院までの坂道をただ二人手を繋いでゆっくりゆっくりのぼって行った。キスもなし、ハグもなし。ただ、お互いの手のひらの温度を感じながら、来た道をテクテク歩き続けた。

 

「また、会えるかなあ?」

アパートメントに向かう車の中、ハンドルを握って前を見つめるクリスがポツンと言った。
優しい沈黙をやぶる掠れた声に、それまで無意識に数えていた街灯から目を離し、ただコクコクと小さく頷く。

「また連絡する。」

エントランスの前に車が着くと、カーシートを解く私に向かって、クリスがほんの少し体を傾けた。どちらからともなくハグを交す。頬にふれた大きな肩から微かに柑橘系のコロンが香った。

私が車を降りると、クリスはまた、バタバタと病院に戻って行った。真っ白なカムリのテールライトが、一ブロック先の角を左に曲がって行く。点滅する黄色のランプをぼんやり見送りながら、胸の中に不思議な淋しさが広がった。

さて、カボチャの馬車は行ってしまった。明日はまた、お猿がフレッドの所から戻って来る。今日はゆっくり睡眠をとって新しい明日に備えよう。これから迎える毎日を、ワクワクした輝きに塗り替えて行けるように。

 


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[2012/03/24 11:16] | エピソード | トラックバック:(0) | コメント:(0) | page top↑
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