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エピソード15
 今日はまたベビーの親権を巡るコートで、遥々ヘイワードまでかり出された。
この裁判もシェルターにいる頃からのらりくらりと‥、考えてみれば、もう一年近くも時間は経ってしまっている。
『ほんとにもういい加減にしてくれないかなあ‥。』
といった所が正直な気持ちだったりする。


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ところで何故こんなにコートが長引いてしまっているのかと言うと、それもまたフレッドが、しょっちゅう何かにつけて『事』をコートに持ち出してしまうからなのだ。
結局シンプルにすむ話が、何故だか彼を通過する毎に、どんどんややこしい方向に枝葉がのびていく。

最近では、もうこの彼の執拗さにもアメリカ人のコート好きにもかなりうんざりといった所である。

まあ、途方もなくてんでバラバラの価値観をもった人々が、自己主張をぶつけ合いながら一つの社会を作っているこのアメリカでは、何か問題が起る度、こういったコートの判事のような、第三者的で絶対的な立場を持った人間が中に入って結論を出して行かなければいつまでたっても陣取りゲームの繰り返しとなってしまうのだろう。
もちろん各言う私も、こんな風にまだまだコートで侃々諤々やっているうちは、偉そうなことを言える立場ではない。

 

 さて、今回の協議のテーマは、『ベビーの週末ビジテーション・スケジュールの変更と調整』だった。

しかしまたフレッドも止めておけばいいのに、一旦ヒアリングが始まると、それにこじつけしつこく親権の変更を持ち出して来た。そしてまた飽きもせずに、私がアル中だとかドラッグ中毒だとか『どこからそんな話が出てくるの?』状態の阿呆な話をべらべら判事の前に並べ立て始めた。

今回後ろの公聴席では、すっと背の高い中国人の女性が静かにコートの様子を見守っていた。どうやらそれは、最近できたフレッドの新しいガールフレンドのようだ。
そんな彼女にアピールするかのように、スーツを着込み、弁護士よろしく大袈裟な身ぶりで得意の『お殿様理論』を繰り広げる彼の姿。言っては悪いが、それはまるでどう見ても、二流役者の下手な一人芝居を無理矢理に見せられているような感じだった。

結局、そんな阿呆らしい程にドラマティックな弁論ごっこも、『だから、それがビジテーションのスケジュールを決めるのに、いったいどんな関係があるの?』と、最後には少々苛つき気味の判事の一言で幕を下ろされた。またまた結果は『ママさんチーム』の勝ちである。
おまけに今度は、その馬鹿馬鹿しい一人芝居がかえって判事の反感を招いたようで、その後は、殆どこちらの弁護士が話す必要もなく判決はあっさりと出てしまった。

ヘイワードコートでは、最初から同じ判事が、通しで私達のケースを担当している。
今まで何度か繰り返されて来たコートを通して、もうこの判事でさえも、何やらこのフレッドの自己中心的なはちゃ滅茶加減にはいい加減呆れ気味の様子なのだ。

 

 頭痛を引き起こす程に馬鹿馬鹿しかったコートを終えてサンフランシスコへ戻るバートに乗り込むと、一瞬ぽんと気が抜けた。ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, バート

窓の外に流れていく景色が、ごちゃごちゃとした田舎の風景から、少しずつ整理された街の風景に変わって行く。
車内に乗り込んでくる乗客の姿も少しづつ洗練されて行く。

空気の変化を感じながら、サンフランシスコに帰って行く自分にほっとした。

『もうあんなヘイワードなんかで、ビクビクしながら暮す自分はここにいない。』

今にも摘み取られそうな頼り無い存在の危うさは、全て過去に置いて来た。

 

 フレッドの、童顔で笑うと子供のようになる笑顔‥‥。
ヘイワードの生活にも、まだ最初の頃には沢山の優しい思い出がある。

当初は日本で始める約束だった結婚生活。結局フレッドの都合で私がアメリカに来なければいけなくなった時でも、そんな彼の屈託の無い笑顔に、これから二人で作って行く未来に何の疑問も持つ事は無かった。

それから少しの時間が過ぎて、いったい何がいけなかったのだろう‥?

段々お互いの存在に慣れるにつれて、その柔らかだった笑顔が、どんどん太々しい怒り顔に変わって行くのにそんなに時間はかからなかったような気がする。フレッドの私に対する扱いはまるでメイド以下となり、'bitch!' 'stupid!'‥三ヶ月もすると、私が何か機嫌を損ねる度に彼の口から汚い罵りの言葉が飛んで来るようになった。

仕事や外で嫌な事があると、帰って来るなり、暗くて狭いリビングのソファにドカッと座りあれこれ嫌味を並べ立て始める。そうして一通り気が済んだ後は、私が用意した食事をテーブルごと床にぶちまけて、そのままベッドルームに籠って何時間もコンピューターゲームに熱中し出す始末。そんな時私が何か声をかけようものなら、また、'shut up!' 'you don't know anything!' 'fuck!' など、途端にヒステリックに叫び出して全く手がつけられなくなってしまう。

しかしそんなフレッドも、一通り感情の爆発が済んでしまうと、次の日には花などを買って帰って来ることがよくあった。捨てられた子犬のように怯えた顔で私の機嫌を取って来る優しいグリーンの瞳を思い出す。

結局、彼も可哀相な男なのだと思う。
自分の中にある感情があまりにも大き過ぎる為に、自分でもコントロールを持て余している。

こんな風に話すとアメリカ人の友人からは、『だからあんたは甘いのよ』なんて呆れ顔で言われた。しかし、私は誰でも根本的な心の底では人を傷つける事に喜びを見い出す人間はいないと信じている。

フレッドの場合も、私に対する彼の思いが、まるで小さな子供が母親にべったりと愛情をせびり取るような形で現れてしまったのだろう。自分の求める物が得られなかった時には、地面に転がり手足をばたつかせて泣き叫ぶ子供のように、ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, 絶望, 家庭内暴力, ドメスティックバイオレンスそれが大人の彼にこんがらがった形で現れてしまった。
彼自身、自分のそんな理不尽な感情をコントロール出来たらと願っていたのではないかと思う。

そんな思いの中で、出来るなら二人の生活を守って行きたかった。
時間が彼の中にある不安定なものを落ち着かせて行ってくれるのだとしたら、もう少し、ジッと我慢して待ってみようと思っていた。もう既に、私達の間には産れたばかりのベビーがいた。これは何にも代えがたい、二人で生活を作って行く『意味』だった。

しかし、そんな願いも、それから殆ど時間が経つ事も無く、結局自分が幸せな偽善者でしかない事実を思い知らされる事となった。

フレッドの、そんないい時と悪い時の繰り返しの差がどんどんひどくなる一方で、私の忍耐の糸もどんどん擦り切れて細くなり、そしてとうとうある日の夕方、『ベビーの服の着せ方が悪い』と、私の首根っこを引っ付かみ体を宙に釣り上げる彼に向かって、

「もうこのままでは、あなたとは一緒にいられない‥。」

小さな声が口から漏れた。

結果それが、私達の最終幕の幕開だった。

 

 私が彼から離れようとしていると感じるや否や、フレッドは、その頃まだ産まれ立てのほやほやだったお猿の親権を意識したのか、あらゆる狂った事をやり始めた。

彼は以前、私の前に一度結婚していた事がある。その前ワイフとの間にも一人男の子がいるのだけれど、前回の離婚の時にはその子の親権を、彼はいっさい取ることが出来なかったという。

そんな事があって、今回彼としてはどうしてもこのベビーの親権が欲しかったようだ。

今まで度重なるコートを通して感じた事は、カリフォルニアで離婚をすると、母親によほどの問題が無い限り、父親がどんなにコートで争おうとも、子供と一緒に暮らして行くフィジカルな親権は母親に行くように出来ている。そして父親には,週末などを子供と一緒に過ごすビジテーションの権利が与えられる。
考えてみれば悲しい話だ。

しかし、そうは言っても彼の場合やり過ぎなのだ。

私が離婚を言い出した途端フレッドは、コートに持ち込む時の『資料つくり』をするように、その『よほどの母親の落ち度』という物をでっち上げ始めた。
お陰様でそれからの私の生活は、もう未だかつて体験した事が無い程スリルとサスペンスに満ち溢れた時間の連続となった。

 

 ある晩遅く、いつものように、私は一人静かにベッドでベビーにミルクを飲ませていた。そこに突然乱暴にドアがノックされたかと思うと、ドカドカと二人のごつい警察官達が無遠慮に踏み込んで来た。あまりの出来事にすっかり怯え切る私に向かって、厳めしい顔をした彼等から矢継ぎ早に早口の英語の質問が飛んで来る。不躾な彼らの話をよく聞いてみると、何とその時の私には、ベビーを殺そうとしているなどというとんでも無く馬鹿げた容疑が掛けられていたらしかった。

その時は何とか、拙い英語を駆使しながら必死で受け答えをしたものの、暫くすると、今度は子供の虐待を取り締まる機関のCPSからケースワーカーが呼ばれ、ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, マリオネット, パペット, 家庭内暴力, ドメスティックバイオレンス, シェルター『調査が終了するまでは、ベビーと二人っきりにするのは危険だ』などとして、危うく私の生活の全てがフレッドの家族の監視下に置かれそうになったりもした。

今でこそこんな話も馬鹿々しいと笑い飛ばせてしまえるが、その時の私といえば、まだ英語もよくは聞き取れず、実際自分の身に何が起っているのかさえもはっきり分かってはいなかった。
あのままでいたら、結局最後にはフレッドに、今頃はもう気違い女としてどこかの精神病院にでも隔離されてベビーにも会わせてもらえない状況にいただろうというのも、必ずしも大袈裟な冗談ではない。

幸いにして、そのCPSから行くように強要されたカウンセラーが日本人だった。そして彼女は、こういった見境のない白人のアジア女性に対する虐待問題に慣れていた。
フレッドにしては皮肉な事に、結局これがキュー出しとなって、私は最悪のフィナーレから救い上げられることが出来たのだ。

 

 カウンセリングの一通りのセッションを終えると、彼女はフレッドの『メンタルアビューズ』を指摘して、シェルターの番号を手渡しながら私に直ちにそちらへ逃げる準備をするようにと言った。私にとってはそれが初めて『シェルター』という物の存在を知る切っ掛けだった。
この虐待の問題についても、それまで身体的な虐待がある事は知っていたが、しかし『メンタルアビューズ』などといった精神的な虐待があるなんて事は考えても見なかった。フレッドとの生活の中で、何かがおかしいとは思っていた。しかし、それが何であるのかなんて、自分では全く見当もつかなかった。

その後しばらく、カウンセラーからもらった番号のメモは鞄の中にしまい、どうしたものかと迷う日々が続いた。フレッドも一旦爆発はしてしまったものの、またここ暫くは、思い直したように自分がやった事に対して平謝りで謝って来ている時でもあった。
それに正直なところ、実際友人なんて一人もいない異国の地に、まだ産まれて四ヶ月にも満たないベビーを連れて、一人ぼっち飛び出していくのはとても恐かった。

しかしそんな小康状態も、その後長くは続かなかった。

暫くは人が変わったように優しかった彼も『喉元過ぎれば熱さも忘れる』。また段々と日が経つにつれてそのお天気加減にも雲がさして来た。

そしてそれからそう間を置く事も無く、とうとう最後に私の背を押してくれるその『事件』は起きてしまった。

 

 最後の日曜日、その日はもう、朝からフレッドのご機嫌には嵐が吹き荒れていた。
一日中私の事を汚い言葉で呼び続け憂さを晴らしているような時間が過ぎていた。

しかし、そんな彼も夕方になると少し気分が回復した様子で、ベビーをお風呂に入れるので『直ちに』風呂を用意するようになどと言い出した。彼の言葉に従って私がバスタブに湯を張ると、彼はただそれにゆっくり浸かってベビーの用意が出来るのを待っていた。

キューが出たのはその直後。

ベビーの入浴の用意が整いバスタブの中の彼に手渡そうとしたその瞬間、急に彼女がぐぜり出してフレッドに手渡すのが少しもたついてしまった。それが彼の『お気』にとても触ってしまったらしい。またネチネチと忌ま忌ましい様子で'jesus christ'だとか'disgusting'だとか、私の事を罵り始めた。

ここまでくれば、もうこんな男はノー・サンクスだ。
私の中で、何かが『ブチッ』と音を立て切れた。

'stop talking like that'

(そんなふうに言うのは止めてくれる?)

引き攣る顔を押さえながら、出来るだけ冗談めかした調子で、私は彼の裸の肩を軽くはたいた。

その途端!

フレッドは、火のついた猛獣のように物凄い勢いで怒り出した。
そのあまりの剣幕ぶりに、その瞬間、私は彼が狂ってしまったのではないかと思った。ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, 手, 人差し指, 忠告, 家庭内暴力, 命令, ドメスティックバイオレンス

素っ裸の状態で、突然『ウオーッ』と湯舟から立ち上がったかと思うと、そのままタオルも纏わずに電話に向かって突進して行く。

'we are over!'
'you lose everything with this!'

物凄い形相で私の顔を指差しながら罵倒の言葉を並べたて、そして電話の所まで行くと、これまた素っ裸のまま、'i will call police'なんて、もう受話器を取り上げボタンを押し始めているではないか‥。

その時の私といったら、もういったい全体何が起っているのかさっぱり分らず、すっかり怯えて、ただただ彼に警察を呼ばないでくれと泣いて縋るのが精一杯だった。

結局、シェルターにはその次の日に電話をした。

 

 逃げ出して来て暫くは、突然異国の地で一人ぼっちになった心細さに潰れてしまいそうだった。これからの生活を考えると、果たして私の選択は正しかったのか間違っていたのか‥。
一緒に連れて来たベビーは腕の中で無邪気に笑っている。
大きな責任に、ただもう踞って泣き出したい心境だった。

しかし、いざ足を一歩前に踏み出したならば、もう戻る場所は残されてはいない。
その後は否応無しにまた次の一歩、そしてまた一歩と,足を前に踏み出し続けるしかないのだ。。

そうして自分の背を押しながら、毎日新しくぶつかる課題たちに必死で取り組んで行くうちに、今やっと、あの時決心しておいてよかったと思える場所までたどり着いた。

もちろんこれは私独りで歩いて来た道ではない。

こんなドタバタ喜劇の閉幕に、私は『知識』と『人のコネクション』が、イザという時、どれだけ自分を守ってくれる厚い鎧を作るのかという事を身に滲みて学んだ。
『求めよ。されば与えられん』これがアメリカという国だ。
手を伸ばせばそこで、必ず何かを掴む事が出来る。 反対に言えば、求めなければ、自分が動かなければ、ここでは何も変わらない。

今、ここに来るまでに、シェルターの他にもサンフランシスコの『のびる会』、ロスアンジェルスの『アジアンヘルプライン』の情報網、他、色んな機関に助けてもらった。
彼らのコネクションに出会う事が出来ずに、もしもあのままフレッドの所に留まり続けていたらと思うと、‥ちょっと考えたくはない。

 

 今でもフレッドとは、こうしてコートだのビジテーションだのと頻繁に顔を会わす状況は続いている。でも、今はちゃんと自分の『位置』がわかる。

まだヘイワードの生活にいた頃の自分といえば、言葉もろくに理解できず、ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, ピューマ, 檻, 猛獣, 監視, 自由, 野生, 独立心, 動物園, ヒョウそして外を出歩くのにも躊躇ってしまう荒んだ環境の中で、最終的に頼りにするのがフレッドしかいなかった。

変な例えではあるけれど、そこでは、街の動物園に隔離されたアフリカサバンナの動物たちの気持ちが分かるような気がした。

どんなに彼らが強くて独立心の旺盛な生き物であっても、生活範囲とシステムの全く違う『この社会』に連れて来られてしまっては、その鋭い牙もこの社会を支配する人間達に管理され、鎖に繋がれたまま檻の中で大人しくしている他彼等に生き延びて行く術はないのだ。

幸いにして、私はそこから逃れるチャンスを掴むことが出来た。
新しく出会った沢山の人たちが、私が差し出した手を、皆で柔らかく引き上げてくれた。

自分の話をきちんと聞いてもらえる、自分の言葉を真剣に受け止めてもらえる。たったそれだけの事なのに、いつの間にか心の奥で凍り付いていた物は溶け出して、それまで忘れていた、自由の中にある自分の存在への自信を取り戻す勇気がわいて来た。
今ならもう、以前のあの『怪物』も、ただの弱い者イジメしか出来ない臆病者だという事がよく見える。

『時間』というのは天才的な物語のコンポーザーなのだと思う。

一年前、ヘイワードを逃げ出してサンフランシスコに向かった時、私の手の中にはたった一つのスーツケースと四ヶ月になるベビー、そして不安と絶望だけがあった。
それからひとときの時間を潜りぬけて、今、私はここにいる。

まだまだ見知らぬ街での珍生活、毎日バラエティーにとんだ問題の中で時には迷子になったりもするけれど、それでもここでは『私は私』でいる事が出来る。

 

 いつの間にか、バートはサンフランシスコのパウエル駅に到着した。
スーッと目の前でドアが開く。

ホームに降りてふと周りを見回した。
『自分の街の風景』に心がほっと安心する。
もうあの頃の悪夢はここでは繰り返される事はない。

 

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[2012/04/03 04:48] | エピソード | トラックバック:(0) | コメント:(0) | page top↑
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